褒められなくても

最終更新:2020年2月1日
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あなたは褒められるのが好きですか?
自分では気づいていなくても、褒められるのがめちゃくちゃ好きな人もいます。
軽くチェックしてみようか。


□好きな科目は点の取れる科目だ
□落ちこまないでいいよと言われても、問題をまちがえると落ちこんでしまう
□問題を間違えたくないあまり、横目で先生や他人の解答を見てしまうことがある
□よくできたねや容姿をほめられたことが忘れられない
□(冗談だったとしても)かわいくない、かっこ悪いと言われたことが忘れられない


これは僕が今、体感的に作ったチェックリストです。
チェックが多いほど褒められるのが好き、ということです。

これに全部チェックが入る人もいます。
ひとつもチェックが入らない人もいます。
ほとんどチェックが入った人にとって、ひとつもチェックが入らない人なんているの?っていう驚きがあるんじゃないかもしれないね。

褒められるのがうれしいというのはみんなにある感情です。
確かにうれしい。
でも、じゃあなんでこの「褒められなくても」なんていうページを作ったのか。

少しずつ、なるべく分かりやすく説明していくからね。
褒められるのが好きな人には特に読んでほしいページです。


ーーーーーー


【○と×】

好きな科目が点の取れる科目な人は、
例えばその科目が「数学」だとしたら、
次のテストで数学の点が低いと、
「やっぱりわたし文系だった」とか言ったりするんです。

問題を間違えただけでずーんと落ちこむ人は、
逆に問題が合った「だけ」でニコニコになることもあります。

点が取れるのが好きということ、つまり○が好きということは、
逆に考えると、×を嫌うということ。それも極端に。
だから×がつかないようにチラッと、カンニングをしたりする(自覚ない場合も多い)。


間違えた「だけ」、合った「だけ」。
そう言ったのは、問題を解く理由は「今の理解度を調べる」ためだからです。

 ○が多ければ→理解してるな→次の単元に行こう
 ×が多ければ→理解してないな→もう一度解説を読み直そう

と思う「だけ」でいいはずなの。

なのに、ただの理解度チェックなはずの○と×にひどく左右される。
○が付くと嬉しくなって、その科目が好きになる。
×が付くとつらくなって、自分を責めたりさえする。

問題を解く理由は「今の理解度を調べる」ためだから、落ちこむ必要はないはずなんです。
でも、どうしてそうなってしまうんだろう。


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【自分の目と他人の目】


褒められるのが好きすぎることを、
僕が警戒しているのは文脈からなんとなく分かるかもしれません。
それはなぜかというと、評価基準が他者だけにあるからです。

褒められるのは確かにうれしい。
僕も褒められたいです。
だけど、褒められるのが好きな人は、異様に他人を気にして生きてる場合が多い。
自分では良し悪しが決められなくなることが多いんです。

わかってほしいのは、全然点が取れなくてもその科目が好きという人がいるということ。
全然点が取れなくても、好きでいていいの。

褒められなくても、自分でちゃんとわかってあげればいい。
点は全然伸びなかったけど、自分なりには頑張ったって思っていい。
部活ばかりやってって怒られたけど、自分は部活も一生懸命やったって思っていい。

容姿についてのことがチェックリストに載ってたのも同じです。
誰も褒めないけどこのスカートはすごくかわいいと思っていい。
誰も気づかなかったけど爪を整えて気分がいいなって思っていい。

本当だよ。
嘘じゃないです。

教えてると、チラッとカンニングしたり、
ちょっとヒントをあげると「あーそうだったそうだった」ってわかってたふりをする人が、
本当に少なくないんです。
冷静に考えれば、勉強していてカンニングをするメリットが何にもないことだって分かると思う。
だけどしちゃう。無意識に、無自覚にです。

中には、廊下に落ちていたゴミを拾うときに、
チラッと周りに誰かがいないかを見てしまう人もいるそうです。
何でか分かる?
ゴミを拾う自分を見てほしいからです。
その人はたぶん全く人がいないところではゴミは拾いません。


褒められるのにそこまでこだわってない人は、この話がなんだかわからないかもしれない。
褒められるのが好きな人も、なんでそこまで必死になって言われなきゃいけないかわからないかもしれない。

だけど、褒められるのが好きすぎると、危ない側面があるんです。


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【評価を受ける機会自体】


テスト、嫌いな人が多いはずです。
通知表も、嫌いな人がたくさんいるはず。

学生時代には、そうした「評価」がついてまわります。
良くも悪くもだね。
これがあるから頑張った人も、これがあるから悩んだ人もいるはず。

さっきの、褒められるのが好きすぎる人の話に戻すと、
評価されるから、見てくれてるから頑張れるというところがあるんです。

でも学生時代が終わったら?
社会人になると、褒められる機会はぐっと減ります。
むしろ「どうしてこれができないんだ」というマイナスな評価のほうが多かったりする。
学生時代は、若いだけで「かわいいね」「肌がきれい」「元気だね」と褒められていたものも、
学生時代が終わればなくなります。

そうすると、褒められるのが好きすぎた人たちは、単純に辛くなるんです。
誰も私を見てくれない。そう思ってしまうから。
学生時代は良くも悪くも、評価があって、見てもらえてたから。

こういう人たちが、すごく辛くなるのが育児だそうです。
育児は、あんなに大変なのに、誰も褒めてくれないよね。
おむつを替えても、ミルクをあげても、寝かしつけても、誰も褒めてくれない。
それどころか子供はずっと泣くし、育児に不満を抱いてしまうのが悪い気がしちゃうし、
突然街の人が話しかけてきて社会性を求められるし。

だからね、今のうちから練習しておこうね。

■好きな科目は点の取れる科目じゃなくてもいい
■問題をまちがえると落ちこまなくていい
■横目で先生や他人の解答を見なくていい
■よくできたねや容姿をほめられても、自分での評価を優先させていい
■かわいくない、かっこ悪いと言うやつのことなんて忘れていい

自分で本当に頑張れたなとか、本当に好きだなと思うところがあっていいんです。
むしろ意識して持とう。

あのね、自分の好きなところっていうのは、
勉強ができるとか、顔がかわいいとか、スタイルがいいとか、そういうところじゃなくていいんだよ。
人にやさしくできる、人の話がちゃんと聞ける、何が言いたいかを分かってあげられる。
こういうのだってめちゃくちゃいいところです。

僕としては、ここまで読んでくれただけでうれしい。
それだけでとてもうれしいです。


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チェックリスト同様、これも統計的な根拠はないけど、
体感的には長男や長女、それもどちらかといえば女性に多い気がします。

小さい子というのは歩いただけで褒められるものだけど、
自分が褒められてた記憶っていうのはないよね。
年上の子は、自分の記憶はないけど、妹や弟が褒められるのは散々目にするよね。
その様子は記憶に残ってるから、褒められることにこだわってしまうのかな、と思ったりします。

(占いやなんかと同じで、これは傾向ね。必ずすべての人に当てはまるわけじゃないです。
 足元に何か落ちてるかもしれないから気をつけてという占いと同じ。
 実際は何もないかもしれないけど、気をつけといて損はないかもということです)

大人になって、本当につらくなってしまうそういう人たちを何人か見てきてます。
その人たちは、実際は学生時代もつらそうでした。
だけど若いってパワーがあるから、なんとか乗り切れたんだよね。

他人の目を気にしてしまう気持ちももちろん分かる。
「気にしないで」という言葉が難しいのも分かる。
でも、気にしないのが難しくても、自分で「ここは私のいいところ」って思うのはまだできそうでしょ?
褒められないことを、誰も分かってくれないと誤って解釈して、ネガティブな世界に行っちゃいけないよ。

それでも自分のことばかりで頭がいっぱいになったら、
何か新しいことを始めたり、
何かを誰かのためにやってみるのがいいです。
例えばコンビニでバイトを始めたら、接客って難しいなって感じたりする。
そうやって、今とはちがう新しい悩みに変わってくれるから。


褒められなくても、好きって言っていいからね。
間違っても、怒られてるって思わなくていいからね。
誰かを見返すために何かをしなくていいからね。

本当です。


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by dekiyosite | 2020-02-01 13:02 | 雑談